物騒な世の中

日本では長崎市長の殺害、アメリカではバージニア工科大学の乱射事件と物騒な事件が続いております。前者はヤクザ屋さんの犯行で、後者は韓国から永住権を獲得した一家の息子によるものです。ヤクザ屋さんは本当に困りもので、どうにかしてほしいのですが、長い歴史で培ってきた(?)集団組織というのは、瞬時にして消し去ることはむずかしいでしょうね。時間がかかりそうです。

さて、アメリカにしばらく在住していた身にとってみれば、バージニア工科の事件はとても複雑に解釈せざるを得ません。もちろん、あのような悲惨な事態を引き起こした行為は許しがたいものがあります。ただ、海外から移住してアメリカに長く住んでいると、あそこまでとは言わずとも、似たような精神状態に陥った時期もあったのを思い出します。異文化に永住することは本当に辛い経験をも味合わう時期があるのです。

韓国の移住者コミュニティでは、今回の犯行をおこした世代を「1.5世代」と呼ぶそうです(読売新聞より)。ご両親が移住を決め、本国で生まれた子供をアメリカへ連れてきたケースです。2世代ではなく、1.5世代というのが特に微妙です。日系社会では、歴史を通じて第1、第2世代以降が決まるので、ふざけて以前「新1世代」とか呼んでみてはどうかと友人と話していたことがあります。

長い歴史の中でもそうだったように、狭間の世代(日系ではSecond Generation、韓国ではこの1.5世代)が一番問題を抱えます。親は本国の文化を継承し、自分らの子供は完全なアメリカ人となり、その間に見事挟まれた形になるからです。このように長い歴史を通した文化の交流によって築かれた心の傷は、たったひとりの変異行動をとった者にだけにとどまるものではありません。時間だけが癒す効果を持っているなので、相当な辛抱が一人ひとりに求められます。

このように書くと、今回の事件が韓国社会全体の責任であるかのように聞こえるかもしれません。そんなことは言っていません。ただ、たった一人の突然変異にだけ非難できる問題ではないように思えます。かと言って、彼の行為自体をさして、それを在米韓国社会の責任にすることも到底できません。でも、かならずアメリカで登場するのが、韓国社会を否定するような発言だったり行為だったりします。本当に韓国人はかわいそうです。

いや、むずかしいです。本当にむずかしい問題です。誰も早急に解決できないし、かと言って、同じ国に住んでいるわけですので、時間に任せるわけにはいきません。どうすればいいのでしょうか。普通の人にできることといえば、こうして問題を提起するだけです。これで十分と言っているのではありません。これしかできない自分を嘆いています。